2006年09月23日(土)
使命感
地震があと2時間ほど後に起こっていたら、
運良く助かったみんなの中で、ボクだけが運悪く死んでいたわけです。
急にいろんな思いがこみ上げてきました。
被災地を自分の眼で見てしまったことも関係あるかもしれません。
ボクは昔からアホで、単純でした。
ちょっと前まで神戸へ行くことを反対していたくせに、
神戸のために何かせねば、と思うようになりました。
それから毎日、数時間かけて神戸へ出社し、
オフィスの整理からはじめました。そして、
会社としても被災地に何かせねば!と強く思うようになりました。
「被災地神戸に支社を持つ会社として何かしませんか!」
会社にかけあいますがいい返事は返ってきません。
今思えば、情報誌出版なんて仕事は「衣食住」のどこにも関係しません。
すべてを失っている被災地に、会社としてできることなんかないのに、
ボクは駄々っ子のように騒ぎました。
で、有志とともに、被災地へボランティアに出かけることにしました。
情報誌出版という仕事をしているのです。
せめて、「情報」という面で何かできることはないのか?
それを見つけたい、という気持ちもありました。
運良く助かったみんなの中で、ボクだけが運悪く死んでいたわけです。
急にいろんな思いがこみ上げてきました。
被災地を自分の眼で見てしまったことも関係あるかもしれません。
ボクは昔からアホで、単純でした。
ちょっと前まで神戸へ行くことを反対していたくせに、
神戸のために何かせねば、と思うようになりました。
それから毎日、数時間かけて神戸へ出社し、
オフィスの整理からはじめました。そして、
会社としても被災地に何かせねば!と強く思うようになりました。
「被災地神戸に支社を持つ会社として何かしませんか!」
会社にかけあいますがいい返事は返ってきません。
今思えば、情報誌出版なんて仕事は「衣食住」のどこにも関係しません。
すべてを失っている被災地に、会社としてできることなんかないのに、
ボクは駄々っ子のように騒ぎました。
で、有志とともに、被災地へボランティアに出かけることにしました。
情報誌出版という仕事をしているのです。
せめて、「情報」という面で何かできることはないのか?
それを見つけたい、という気持ちもありました。

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その節はい... 








みんな考えみんな思うことなんだけど
何をしたらいいのか?がわかんないんですよね
私も被災地に近かったのでこのままでいいの?と思ったけどいい案も浮かばないそんな焦りやもどかしさがありました
が結局何もできなかった
せめて、ブラウンカンの中だけでなくこの目で焼き付けておかないと・・・
と思い
だんなと何ヶ月かした被災地をひたすら歩きました。
何も出来ない自分が悲しかったです。
懐かしい。ボクがこんなことしてるの
知っててくれたんですな。嬉しいです。