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アナフル橋 Anahulu Bridge 1921年今日はめっちゃくちゃ天気が良かったのです。モーハのために撮影しまくってくださるというハルマゲドンSADAを乗せて、オアフ島を一周してきました。いやあ、ほんまに天気がよくて、いい写真がいっぱい撮れたみたいです。よかった。その撮影風景を真横で見てると、一眼レフ欲しいなあ、とか思うんですけど、いやいや、わたくしはこれからもポケットサイズで行きます。あくまで、日常視点で(とか言って、要はモノを持ちたくないだけやったりして)

さて、ハルマゲドンSADAが、篠山SADAとなって(もうええっちゅうねん)シャッターを切りまくってるのを見て、わたくしもちょっとだけ撮ってみました。ハレイワにかかるアナフル橋です。ここんとこ、歴史づいてるので、アナフル橋についても少し。
■アナフル橋 Anahulu Stream Bridge
■アナフル川がハレイワ・スモール・ハーバーに流れ込むところにかかっているアーチ形式の橋
■1921年に作られています。大正10年です。原敬が暗殺された年ですね(何の話やねん)

サンフランシスコを取材した際に、歴史ある橋の写真を撮ったことがあります。あれ、何年やったっけな?と調べたら1932年でした。ハレイワの橋はそれよりも10年も古いのです。すげっ。この1921年は、アラワイ運河の整備工事が着工された年でもあります。ハワイが変わろうとしていた頃ですね(遠い目)
ハワイ島にあった木の橋です写真の整理をしてたら、こんなものが出てきました。木の橋です。いつ撮ったものか分からないですが、場所はわかります。ハマクアコーストの、かつて、一面のさとうきび畑だったエリアです。忘れ去られたように、でも、毎日誰かが通っている感じの橋でした。木の橋をクルマで渡るのは、けっこうドキドキします。カタカタカタと、気持ちのいい音がするわけですが、ずぼっと穴が開いたらどうしよう、みたいな。まあ、クルマごと落ちるような穴が開くわけないんですけど。オアフ島では....知らんなあ。忘れてるだけかもしれませんが、クルマで渡る木の橋は、オアフ島にはなかったように思います。あったらごめんなさい。カウアイ島にはたくさんありました。島の北、ハナレイから先に、いっぱいあります。あ、いや、もう何年も行ってないから、変わってるかもしれませんけど。

『橋』というカテゴリーがあるのに、更新してないなあ、と思いながら書いてみたりして。
大自然がいっぱいオレゴン・しゅんです。今日は『コロンビア川』を見てきました。めちゃくちゃぶっとい川です。この川の両サイドには、大きな滝がいくつもあります。大量の水が常に流れ込んできているわけです。どこまでも深い緑が、オレゴンに大量の雨を降らし、そして大きな滝を作っているそうです。いやしかし、リンクUSAの取材で訪れるたびに、アメリカは違う顔を見せてくれます。なんちゅうでかい国。なんちゅうでかい大陸。

この写真は、コロンビア川の脇にある大きな滝の下で撮ったものです。滝の先っちょ?は、この上方3倍くらいの高さにあります。デジカメのレンズにはおさまりきらないほどデカいのです。さて、この滝のどまん中より少し下あたりに橋が架けられていました。滝をまん前で眺めることができるようです。橋の上に立っている人が豆粒みたいに見えます。楽しそう。見ごたえありそう。これかいかねばなるまい。小雨が降っていましたが、営業マンたかしと二人で、るるるんと登っていきました。果たして!そこからの眺めは最高でした。眺めについては、またリンクUSAにアップさせていただきますが、驚いたのが足元に刻まれていた数字です。1914と書かれています。なんと、1914年にかけられた橋やったのです。第一次世界大戦がはじまった年です。ううむ、思うこといろいろ....
■この橋は滝を見るためだけに造られたんよなあ、他に目的あったんかなあ。
■そんな時にこんな橋つくる余裕あったんや。ううむ。
■ちゅうか、そんな昔の橋で、強度、大丈夫なんかなあ。
高瀬川にかかる小さな橋たち昨日、じゅうちゃんちを訪問するために、木屋町通をぷらぷらと歩いておりました。ちなみに、いつもは河原町通を歩いております。特に理由はありません。ただ、なんとなく。昨日は木屋町通を歩く理由がありました。でも、木屋町通を意識していたわけではありませんでした。昨日は、時間に余裕があったこともあり、キョロキョロ、ぼーっとしながら歩いておりました。一本、鴨川側に来ただけやというのに、そこには別世界がひろがっておりました。木屋町通に平行して高瀬川という『川』が流れています。どぶのような、でも、水はけっこうキレイな、浅くて流れの速い小川です。実はこれ、川ではありません。一応かつては運河として活躍していた人工の水路なのであります。

秀吉が死んだあと、今までおとなしかった家康が、むふふふと動き始めます。未亡人?淀君と愛息子秀頼をだまくらかして、方広寺というお寺の再建事業をはじめさせたのです。豊臣が持つ、膨大な資産を浪費させるのが目的やったとか。このあたりの話は、いろんな人が書いてるので、興味があったら読んでみてくださいまし。

さて、その方広寺再建事業で、資材を運ぶために造られたのがこの高瀬川なんやそうです。眺めているのは人工の風景なんやなあ、と思うとなんだか不思議な感じです。人工の風景でも、年月を重ねると、人をひきつける何かを出しちゃうもんなんですなあ。

あ、橋について書こうと思ったのに、だらだらしてしまいました。高瀬川にかかっている小さな橋のひとつひとつに名前がついていたことに、ちょっち感動したのであります。ちなみに写真は『紙屋橋』という名前でした。紙屋さんがあったんかなあ。
1932年にできた橋リンクUSAの取材で、サンフランシスコにきております。今日は、『モントレイ』という町から『ビッグ・サー』を調査?しに行きました。世界のお金持ちさまが隠居してるハイソなエリアです。途中、見晴らし最高の海岸線を通ります。その海岸線で、いくつもの橋を渡りました。標識が出てるので気になって見てみたら、ほとんどが1932年に作られた橋でした。この橋、すんごく立派で、今でもクルマがビュンビュン走ってますけど、1932年といえば、満州国が建国された年です。ちなみに、ニッサンの前身会社が『ダットサン』のブランドを発表した年やそうです。トヨタはまだカゲもカタチもありません。が、アメリカでは、T型フォードの次世代カーが走り回っておりました。

リンクUSA更新しました▼
ゴールデンゲートブリッジ昨日は大雨やったのです。サンフランシスコ市街から、ゴールデンゲートブリッジを渡ってティブロンまで行ったのですが、空が真白で何も見えませんでした。今日も雨かなあ、ドキドキしながら眼覚めると、小雨が降っておりました。がびーん。でも、常に前向きに生きねばならぬ。小雨もまたステキさ! そう思っていたのがよかったのかもしれません。やがて雲に隙間ができて、青空が見えるようになりました。そして、ティブロンからサンフランシスコ市街へもどってくる時、ゴールデンゲートブリッジさまは、まぶしいぐらいにそそり立っておられたのでありました。リンクUSA発行人のモクさんは、以前、サンフランシスコに住んでおられました。「しゅんさん、みんながあまり行かない絶景ポイントいきましょう」 そう言って連れてきていただいたのが写真の場所です。すんげえ。最高でおざいました。

アメリカ西海岸近辺で、金がたくさん掘り出された時代をゴールドラッシュと呼びます。その時代、金を運ぶ船がたくさん出入りしたことから、サンフランシスコ湾と太平洋を結ぶこの海峡が、ゴールデンゲートと呼ばれるようになったそうな。そこにかかった橋なので、ゴールデンゲートブリッジ。1937年完成。

おいでやすサンフランシスコへのヒデッキー(プリンセスまゆの夫)さんから訂正情報をいただきましたので、ご紹介させていただきます。

★昔、この港にやってきた船乗りが、この湾の入り口を見て、トルコのイスタンブールのゴールデンホーン(金角湾)に似ている事から、ゴールデンゲートと名づけました。1846年の事でした。その2年後の1848年の1月にサクラメントの近くで金が見つかった事から、ゴールドラッシュが始まります。ですから、いかにも金が取れるところの入り口みたいな名前ですけど、命名された当時には金はまだ発見されてませんでした。

★ちなみにしゅんさん達が行かれた絶景ポイントは昔、山口百恵がなんとかっちゅう映画の(題名忘れましたけど)、撮影したとこです。

ううむ、素晴らしい。ありがとうございました!
大鳴門橋の幻の鉄橋部分この前のブログで大鳴門橋のことを書きました。明石海峡大橋が道路だけの橋として作られたら、どうして大鳴門橋に電車が走ることがなくなったのですか?という質問を受けました。それは、以前、四国と本州を結ぶ鉄道の話があったからでございます。その鉄道は淡路島を通って四国まで通るはずでした。明石海峡大橋が鉄道が通らない橋になったことで、この鉄道の話は物理的になくなったわけでございますね。でもって、写真は、大鳴門橋の下にぽっかりとあいている、『鉄道が通るはずだった空間』です。ずーっと向こうまで見えてます。無駄な工事をして!と怒る人もいらっしゃいますが、へなちょこは、ただただ哀愁を感じるのでありました。
大鳴門橋淡路島まで行っておりました。なんやかんやと走り回って、気がついたら淡路島を一周しておりました。写真は、淡路島と四国を結ぶ、大鳴門橋です。以前、「鳴門大橋」って書いたことがあるんですけど、間違いでした。さてさて、この大鳴門橋ですが、道路の下に、鉄道が通ることを想定して空間が設けられています。残念ながら、明石海峡大橋が道路だけの橋として作られてしまったので、この空間を電車が走る日は来なくなってしまったそうです。なんとも無念なお話ですな。
ハワイ島ヒロも雨でした突然ですが、ハワイ島はヒロに来ております。マイカイ・オハナ・ツアーズの取材です。昨日の夜、オアフ島はすんごい雨でした。嵐のような強風で、夜中に何度も警報が鳴り響き、あんまり眠れませんでした。ひょっとしたらヒロへ向う飛行機は飛ばないかもなあ、と思うほどやったんですけど、朝になったらちょっと落ち着きました。ううむ、こっちの雨が止んでも、ヒロはどうかな?と心配したのですが、大丈夫でした。ヒロも前日は嵐やったみたいですけど、今日は降っても小雨程度でした。さて、マイカイ・オハナ・ツアーズの取材です。今、企画している最中という新しいツアーを見せていただきにいったんですけど、すんごく刺激的でした。写真は、そのツアーの山場となる、谷にかかっている橋を横断しているところです。橋といっても、巨大なパイプに併設されている補助作業場みたいなものです。真下の谷が丸見えで、足も心もスースーしました。
阪神電車なんなんでしょうかね、この暑さは。気温が38度もあります。38度といえば人間が発熱したときの体温ではないですか。発熱した人がくっついてる状態ってわけですな。ううむ。暑くて頭がおかしくなりそうなので、ちょっとだけドライブしてきました(なんでやねん) 淀川の北岸を海へ向ってブロロロロ。途中、阪神電車の踏み切りを越えます。突然ですが、この踏み切りを越える瞬間に見える景色が好きです。その風景を撮ろうとして、いつも忘れてしまってたんですけど、今日は成功しました。阪神電車の鉄橋です。この対岸に梅田があります。
明石海峡大橋ハワイ好きのみなさんが、ハワイへ上陸されてる時期ですね。そんな時に、ハワイ情報サイトの編集長がなぜハワイにいないのか。お叱りメールを何通かいただいてしまいました(涙) ほんまにすいません(嗚咽) 前にもちろっと書きましたけど、今月末にアメリカ取材、でもって、今月中に旅の鉄人市場のディレクションなんてのもやっておりまして.....
というわけで、またまたハワイの写真でなくてすいません(謝るなら載せるなっちゅうねん) 本州と淡路島を結んでいる「明石海峡大橋」です。橋っていいですよね。というわけで、急に「橋」というカテゴリーを作ってみたりして(なんでやねん)
日本の夏晩飯を食いにいった足(クルマ)で、ぶらっと走ってみました。海育ちのせいか、こういう時は海岸線を目指してしまいます。一路大阪湾へ。気がついたら、ユニバーサルスタジオの辺りまでやってきてしまいました。送迎バスが何台もやってきます。たくさんの人たちが入っていくし出てきます。うひゃー、ヒトゴミ苦手じゃけん!と、そのヒトゴミを避けるように走っていたら、道に迷ってしまいました。やばい。道はどんどん細くなり、どんどん人気がなくなります。と、突然灯りが現れ、祭ばやしが聞こえてきました。盆踊りです。しっかりとしたやぐらがある、本格的な盆踊りです。ハワイの盆踊りは、ここのところ何回も取材していますが、日本の盆踊りを見るのは久しぶりかも。ちなみに、やぐらの後ろに見えているのは「天保山大橋」です。ステキな風景でした。
道頓堀久しぶりに道頓堀を通ったら、堀幅が狭く?なっていました。よく見たら、両サイドに遊歩道のようなものができています。なんじゃ? でも、これがあったら、堀に飛び込んでもすぐに上がってこれそうです。編集長が大阪の飲み屋で働いていたころ、阪神が優勝し、たくさんの阪神ファンが道頓堀に飛び込みました。ちなみに、当時編集長は18歳でした。懐かしいなあ。あの時、飲み屋のマスターが教えてくれたことも思い出しました。
「東京が『八百八町』と言われた江戸時代、大阪は『八百八橋』と呼ばれてたんやで。浪速の町ん中を、川や運河がいっぱい通っててな。そこにはたくさんの橋がかかっとったんや。心斎橋、高麗橋、今橋、長堀橋、四ツ橋、立売堀、京町堀......今は何もない場所に、『橋』とか『堀』とかって文字が入ってたら、その場所には昔、水が流れていたわけや」
空中道2昨日、空中道のことを書いたら、その道のことが気になって気になってしょうがなくなってしまいました。と、シンゴ21がこの道を歩いたことがあると言います。まじで? 案内してくれ! というわけで、本日、ランチのあとに行ってきました。そして歩いてきました。果たして、下から見上げたときほど、怖い道ではありませんでした。横幅もしっかりあるし、空中を歩いてる感じにはなりませんでした。ただ、やっぱり歩いてる人はいなかったし、日常的に使ってる人は何人いるんやろう?というようなロケーションでした。報告終わります。
空中道H1に乗って空港からワイキキへ向ってると、高速道路をまたいでる歩道橋?をいくつか見かけます。どのあたりやったか忘れたんですけど、その中の一つがなかなかすごいです。この写真には写ってませんけど、途中でぐわーんとカーブしてます。でもって、細くて今にも折れそうです。こんな空中を歩いてるような怖い道、歩く人おるんやろうか、と思ってたら、いらっしゃいました。で、慌ててデジカメを取り出して撮ってみたんですけど、ちょっとタイミングが遅すぎたようです。これじゃ、その「怖さ」が伝わらないですよね。歩道橋はこの写真の左にまだ倍の長さ存在します。でもって、さきっちょがカーブしながら下っています。っていうか、今度、写真撮りに行って来ようっと。
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Profile
へなちょこ・しゅん
血液型 A型
モーハワイ☆コム編集長
■6歳■
学校から帰る途中、友達が落とした時計を取ろうとして車道に飛び出し、クルマにぶつかる。なんと、おばあちゃんが買ってくれたランドセルが、クルマの前輪にはさまり無傷。一度失った人生よ。 
■19歳■
調布から都内へ帰る途中、
ホンダのカブ(50CC)で軽トラと正面衝突。10mほどぶっとんで歩道へ。前輪が電柱とビルの壁の間にすっぽりおさまり、かすり傷だけで済む。二度失った人生よ。   
■25歳■
頭のど真ん中の脳幹に、脳腫瘍が見つかる。摘出手術14時間を2回やって、無事生還。後遺症は顔面麻痺のみという奇跡。手術の成功は脳外科学会で発表される。三度失った人生よ。   
■28歳■
とある会社の神戸支社へ配属になったとたん阪神大震災が起きる。早朝だったので大阪の自宅で被災。廃墟の三宮へ出社したら自分の机に天井が落ちてるのを発見。四度失った人生よ。
■35歳■
コンドミニアムの天井から黒い汁が垂れてくる。管理人と一緒に、誰も住んでないはずの上の部屋を調べに行ったら、腐敗した死体を発見してしまう。詳しくは編集記(この上のほうにリンクがあります)をご覧くださいまし。
■40歳■
脳腫瘍摘出手術を再び受ける。今回は12時間。いやはや、また助かっちまいました。
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