ウラ話/へなしゅん
卒業アルバムみたいなのを持って帰ってきました。日本の卒業アルバムみたいでないのは、学校の一年をふり返るようなアルバムであること。載っているのは卒業生だけではありません。年下のジャクソンなども載っています。が、卒業する同級生に一筆書いてきてもらったみたいで、あちこちに走り書きがありました。ほとんどは英語です。ううむ、わからん。
いやしかし、父親がいるといっても、言葉は通じないし、知り合いもいません。そんな土地で、3年間、よくがんばった。なかなかやるな。
というわけで、まったく関係ない写真を載せながら、昨日の出来事を書いてみたいと思います。
息子は誰に似たのか、身なりをあまり気にしません。プロムといえば正装していかねばなりません。うーむ、困った。というわけで、ユースケZに衣装を借りることにしました。わがやで、息子とジャクソンが着替えます。ジャクソンは結婚式みたい。息子はチンピラみたいです。ユースケZが貸してくれたのは、スーツなのです。黒シャツに黒いスーツ。ううむ。
最後に、オヤジどうや?と聞いてきます。わたくし、前の会社に入った時に、アパレル出身の先輩がいて、基本中の基本は教えてもらっております。で、見つけました。ベルトが茶色なのに靴が黒です。それはおかしい。革製品の色は統一せな。
で、息子は茶色いベルトに、茶色い革靴を履いていきました。問題は、その革靴がデッキシューズなデザインやったことでありました。
しばらくして息子から電話がかかってきました。
息子「オヤジ、あかんわ。クツ持って来てくれへん?」
どうした?
息子「あれは正装じゃないって言われた」
ま、まじか!
で、わたくし、クツを持って会場までクルマを飛ばしたのでありました。いやしかし、スーツも正装なんか?と思っていたら、やっぱりそれも言われたそうです。タキシードとかそういうレベルじゃないとあかんかったみたいで。ううむ、そんなもん、高校生じゃなくても持ってないと思うぞ。
※みんなレンタルするみたいですね。
◆日系二世の写真展
◆やってるはやってる2008年11月/日系人に会いたい~自分探しの旅
ブライアン・Y.・佐藤は、日系二世の写真展をいつか広島で開きたい、と思ってはったみたいです。そして、ついにそれがかないます。届いたメールには、その写真展について告知してもらえたら嬉しいと書かれてました。告知するに決まってるやん!
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ごくろうさま:ハワイの日系二世
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写真展「ごくろうさま:ハワイの日系二世」は、ハワイの二世(両親が日本からの移民であるアメリカ生まれの日系二世)の写真を約200枚おさめた「ニセイ・オブ・コレクション展」の作品から成り立っています。
それは、ハワイ州オアフ島の日系四世である写真家ブライアン・Y・佐藤によって9年前に始められたプロジェクトの頂点に相当するものであります。彼のミッションは、ハワイの二世を物質的かつ文化的に記録する事でした。
2002年、さとうきび農園で働いていた日系移民の写真集を大学図書館にて熟読していたところ、ひらめきが彼の心を捉えて離しませんでした。一世の写真記録は遺憾に思える部分が多いものの、すでに彼らはみんな亡くっているため修復の手だてがありません。しかしながら、二世を記録するには遅くはないのです。そしてそれに気付いた佐藤は、ハワイ二世にまつわる話、表情、フィルムを記録し始めたのでした。
結果として出来上がったコレクションは、ハワイ州6島(カウアイ、オアフ、マウイ、ラナイ、モロカイ、ビッグアイランド)の二世をテーマとして構成されていて、ハワイ二世の文化的かつ歴史的遺産を守っていくことを目的としています。
この写真展は2007年にハワイ日本文化センターでデビューを飾って以来、ハワイ州内にある幾つかの美術館に招かれた後、2009年にロサンゼルスの全米日系人博物館、2011年には東京と大阪の各ニコンサロンにて開催されてきました。
ハワイの二世を、一世である彼らの両親が生まれた県へいつか「帰す」ことを佐藤は願いました。1868年に元年者と呼ばれた一世の人たちがハワイへ移民を始めた頃、いくつかの県の出身者がいた中で広島県出身の一世が最も多く、大きなグループを形成していました。写真展に登場する日系二世のうち、3分の1の人たちが広島県を「ふるさと」と断言します。
この写真展は、ハワイ日系人の経験を広島の人々とようやく共有する事ができる、かけがえのない機会となる事を意味します。143年という時間で隔たれながらも、元年者であるハワイへの移民者と今日の日本人が、共通の精神で本当の意味で繋がるのです。
「この広島での写真展が意味するものは、日系人と日本人、過去に時間と空間において引き裂かれた2つのグループにある絆を万国共通の言語である『写真』を通して説明する事で私のドキュメンタリーが適切な形で完結する事です」
と佐藤は述べます。
「ごくろうさま:ハワイの日系二世」は、はつかいち美術ギャラリーにて2012年4月3日から8日まで、中国新聞ビルにて4月9日から13日まで、ご覧頂けます。
メキシコレストラン Mexico Restaurant のファヒィータ・ブリトー
当時はまだそんなにメキシカンを食べてなかったせいか、印象があんまり残りませんでした。今日行ったら、美味い。思わずお店のおっちゃんに話しかけてしまいました。と、オアフには親戚のお店が全部で4つあるそうです。ここはそのうちのひとつやそうな。おお。どこですか?と尋ねてびっくり。なんと、そのうちの2つはわたくしが気に入ってるお店やったのです。
◆EL MARIACHI
◆MEXICO LINDO
もうひとつのお店も行ったことがあるんですけど.....記事になってない? あれ?
もう一度行ってみようっと。
そうそう、視聴者の方から教えていただいて、以下のように書いておりました。
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MEXICO LINDO は、メヒコリンドって読むそうです。
素敵なメキシコとかかわいいメキシコ、とか、肯定的な意味の言葉なんですね。--------------------------------------
が、このおっちゃんが言うには、別にメキシコという発音でいいそうです。メヒコでもメキシコでもどっちでもええねん!と教えていただきました。
これの絵です▼
ワイキキ/アラモアナ探偵団/ホノルルフェスティバル2012
売れてるわけないんですけど、確認のため江口素臣氏のお店『 The Art Board 』を訪ねました。と、やっぱり売れ残ってたんですけど....
江口素臣氏「この絵、なかなかいいですよ」
え、まじですか?
江口素臣氏「描いてたの?」
いや、モーハワイのコーナーがきっかけで描きはじめたので、これは4枚目です。
江口素臣氏「ちゃんと描いたらいいのに」
まじっすか!
というわけで、すっかりその気になって次は何を描こうかと考えている単純なへなちょこ・しゅんなのでありました。その前に食うべし本を書き上げなくちゃ。
プールバーでライブ?え?
行ってみてびっくらしました。中にステージが作られています。特設会場か?と思ったのですが、違いました。しばらく来てなかったので知らなかっただけで、数年前からステージができていたそうです。へえ。
しかも、音がとってもいい感じでした。バンドが6つも参加しました。6つは多すぎるかなあ。が、飽きずに最後まで見ることができました。ちなみに、息子が所属しているバンドはトリでした。やるやん。
散発じゃなくて散髪
axis hair というアラモアナ・センターの山側にある散髪屋さんです。何度か書いてますけど、わたくし、今までの人生の半分以上は自分で髪を切っておりました。めんどくさいということもありますけど、気に入らないもの、無意味と感じるものにお金を払うのがもったいなかったからです。
なおこさんのところはこれで3回目です。他へは行ってないので、8月から1月の間に一回しか散髪していません。不精のわたくし用に、伸びても見苦しくないようにカットしてくださってるようで。ううむ、すばらしい。
からはじまり、
「フェイスブックじゃなくて、Facebookって書かないとダメですよ」
まで、いろいろ言われるのであります。知らんし。が、ユースケZも営業のためにやりはじめました。で、編集長もやれと言います。しょうがないなあ。今、登録してみたんですけど、意味わかりません。うううう。
ダニエル・イノウエは、1924年生まれの日系二世です。当時、日系人といえば、さとうきび畑の労働者でした。一世たちは、二世たちを立派に育てるべく、がんばって畑で働いていました。そんなある日、日本軍がやってきて真珠湾を攻撃します。日系人は一瞬にして悪者になりました。
収容所に送られたり、差別を受けたり、アメリカ生まれの日系二世たちにとっては理不尽なことが続きます。
『オレらはアメリカ人なんやぞ!』
二世たちは、アメリカへの忠誠を証明するため志願兵となります。そして、ヨーロッパ戦線で大活躍します。日系人部隊は、勲章の数と戦死者数が、どの部隊よりも多いのでした。書いてると長くなるので省略しますけど、泣けます。
戦争が終わり、帰国した二世たちは、勉強をし、畑仕事から飛び出していきます。1959年に、アメリカ初の日系人議員となったのがダニエル・イノウエ議員です。ドイツ軍との戦いで、1945年に右腕を失っています。砕け散っていった仲間たちに比べたら右腕くらい、と何かでコメントしてはるのを聞いたことがあります。生でお見かけしたのは初めてでした。すんごいオーラを感じてしまって、思わず写真をお願いしてしまったのでありました。
やってるはやってる/2008年1月/442部隊(442連隊)を取材せよ
Yuko Lane「中屋先生がいらっしゃるから、しゅんさん、受けてきて」
中屋先生というのは、医学気功師中屋高明のことです。
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やってるはやってる2009年3月/医学気功師中屋高明だ!
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中屋先生の『浄化』をプレゼントしてくださったのです。ありがとうございました。
※ちなみに、右から2番目が Yuko Lane です。
※ちなみに、ご馳走とは駆け回ることです。お客さんのために奔走し、食事を出してもてなす、ということから生まれた言葉です。
ヴィオレッタちゃんが勤務するのは、「ジョイア」という保育ルームです。その「ジョイア」のホームページが完成した!との連絡が入りました。どれどれ。え?ヴィオレッタちゃんがおらへんやん!と思ったら、ちゃんといました。よかったら探してみてください。
ジョイアのホームページ
で、それらをがっちゃんこした、最終形がアップされました。
よろしければご覧くださいまし▼
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aloha-tv-com 第19回 iolani palace ~ ハワイ王国物語 ~
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いやしかし、楽しかったです。
■ALOtv/Iolani Palace ~ハワイ王国物語~ Part I
■ALOtv/Iolani Palace ~ハワイ王国物語~ Part II
ちゃんと話せてるかなあ、と思いながら見てみたんですけど、わたくしのトークはほとんどカットされておりました。で、わたくしは迷子の子供みたいになっておりました。やっぱりカツゼツ悪すぎるんすかねえ。とほほ。
が、今日、続きの生放送があります。
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このクリップを受けての内部の感想と
ハワイ王朝の成り立ちや崩壊についてのお話を
フリートークでお願いしたいと思います。
本番はハワイ時間17:00~17:30です。
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生なのでカットはないですな。ちゃんと話せるように練習しとかなくちゃ。
http://aloha-tv.com/
一部の方代表「編集長ってゴルフ、キライなんちゃいますの? 本気でやってます?」
うっ、やばい。そんな風に見られてるのね。いやさ、ぶっちゃけた話、かつては3ホールで飽きてしまっておりました。が、今はちょっとムキになっているのか、やる気が出ております。
本日、ユースケZと二人っきりでまわってきました。あ、でも、9ホールだけですけど。まじめにカウントしてですね、あのですね、86でした。18ホールまわったら単純に倍と考えると.....(涙)
目指せ70代!(なんか意味が違うけど)
※70代じゃなくて70台やろ!というメールをいただきました。そのとおりです(涙)







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