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ホノカアボーイを勝手に応援する会

ホノカアボーイ、ならぬ寝屋川ボーイホノカアボーイの先行試写会にご招待いただけたことから、思わず鼻息を荒くして『ホノカアボーイを勝手に応援する会』なんてコーナーを作ってしまいました。が、時間がたち、ネタもつき、ああ、どうしたもんんか....と思っておりました(正直に書きすぎやっちゅうねん)

と、突然、こんな写真が送られてきました。かゆりさんって方からです。一緒に写ってるのはマサシのツアーの山ちゃんですね。っていうか、山ちゃんの家の階段ですやん、これ。

「ホノカアボーイを意識して写真撮ってみました。かゆりは本名です。本国を含めどこの国の方も私の名前をまともに発音してくれません(涙) 生まれは(山ちゃんと同じ)寝屋川です。育ちは鹿児島。毎年ハワイ島に通うようになって10年くらいになります。今回は2ヶ月滞在しました。明後日帰ります(号泣)」

.....やっぱり、このコーナー、そろそろ終了か?
ホノカア・シアターの横の道をどんどんくだっていくとどこに出るのですか?Eメールをいただきました。ホノカアへ行かれたことがある方からでした。
「ホノカアは海岸線から随分高い位置にある町ですよね。あの町の海岸線はどうなっているのですか? たとえば、ホノカア・シアターの横の道をどんどんくだっていくとどこに出るのですか?」
そうなんすよね。わたくしもそれは疑問に思ったのであります。疑問に思ったらじっとしておれません。そのあたりの道のいくつかを下ってみました。なんと!ちょっと下ったところには、それぞれ小さな集落がありました。学校があるところもあるし、家だけが並んでるところもあるし。さとうきび畑がなくなってしまった今となっては、なんでこんなところに住んではるんやろう?って感じの場所なのであります。逆に言えば、遠い昔をふっと想像しやすかったりするわけですけど。

かつては、それら集落の中から、海岸線に下りる道があったようです。今もあるのかもしれませんけど、見つけられませんでした。どっかにあるはず!と探しまくって(何を必死になっとんねん)、見つけたのがこれです。なんと、発電所です。忘れ去られたような町に、こんな近代的なものが。妙な気分になりましたとさ。
その昔、ホノカアには、鉄道の終着駅がありました。取材で、『食べ放題!まきの茶屋』へお邪魔したときに気がつきました。テーブルに昔のポスターが描かれています。『まきの茶屋』さんの発案ではなく、もともとここにあったテーブルやと思いますが、ポスターはいずれも、ハワイ旅行をPRするようなものばかりでした。『まきの茶屋』さんは、アロハタワー・マーケット・プレイスという場所にあります。今じゃ、ツアーなんかで最初に連れて行かれる場所としてしか認識されてなかったりしますが、ここは飛行機が登場するまでハワイの玄関でした。移民たちもここから上陸しました。そんなこんなで、このようなテーブルがあるんでしょうけど、ここで紹介したいのはその話ではありません。それらのポスターの中に、ハワイ島を描いたものがありました。多分、ハワイ島の観光PRポスターやと思います。

カイルア・コナからワイコロアに抜ける19号線がまだ存在しません。もちろん、そこからHAWIへ抜ける270号線もありません。ハワイの幹線となる鉄道が見えますが、カイルア・コナとはまったく関係ないあたりを通っています。当時のカイルア・コナは、今ほど栄えていなかったのです。

鉄道はヒロとホノカアを結んでいます。ヒロはハワイ島で一番大きな町です。そこを出発した鉄道が、ホノカアまでやってきていました。前にも書きましたけど、ホノカアはハワイ島で2番目に大きい町やったんですよね。歴史を知ってると、こういう絵を見ても楽しめちゃったりするんですよーということをご紹介したくて書いちゃいました。
ホノカアボーイ、やっぱりええ映画やと思います。昨日の朝のことです。突然女性が入ってこられました。申し訳なさそうな顔をして、
「朝は忙しいのわかってたんですけど」
と、おっしゃりながら、お土産を置いてあっという間に帰っていかれました。名前もお伺いできないくらいあっという間でした。ホノカアボーイがどうした、みたいなことをおっしゃったのですが、よく聞き取れませんでした。後から、御土産の中にDVDが入っていることに気がつきました。なんやろう? 気になりながらも、バタバタしていて確認していませんでした。

さきほど、ちょっと時間ができたので、そのDVDを再生してみました。そこには、日本のテレビで放送された『ホノカアボーイ』のプロモーション番組が収録されていました。2009年2月22日のホノカア・ピープルズ・シアターでの先行試写会の様子も紹介されました。もう1カ月もたつので、正直言ってちょっと熱が冷めてたんですけど(どないやねん)、見てたらなんか胸が熱くなってきました。もう一回観たいー! でもって、ホノカア行きてー!

お名前、わからないままですけど、ほんまにありがとうございました。
ホノカアボーイの舞台 ホノカア・ピープルズ・シアター世界で一番最初に『ホノアアボーイ』が放映された映画館です。この映画の舞台でもあります。映画館の正面に数字が刻んであります。1930年に作られたそうです。昭和5年です。建てはったのは日系人です。タニモト氏といって、日系人史を勉強してる人の間では必ずチェックが入る人です。なんと、ハワイ島のあちこちに映画館を建てた人なんやそうです。

この映画館は一度閉鎖されます。が、買い取る人が現れます。キーニーさんというお医者さまです。ホノカアボーイの原作に登場する『ドクター』さんですね。この人が、映画館の改修工事を行います。そして、普通に映画を楽しめる映画館に復活させてくれました。

さて、現在の映画館です。この写真は、初上映の日の、まだお客さまが入る前に撮ったものです。正直言って、わたくし、中へ入るkまで、もっとボロボロやと思っていました。お化け屋敷みたいなのを想像していたら、見事に裏切られました。めちゃくちゃキレイやったのです。骨董品のような美しい曲線を持つイスに、古い映画の『舞台』に出てくるようなキレイな天井。博物館のような映画館です。そんな骨董品のような映画館でしたが、映画はしっかり鑑賞することができました。立派な現役の映画館です。

★支離滅裂な文章がアップされてました。すいません。バタバタしながら書いた結果、とんでもない文章ができあがってしまったみたいです。修正しました。
ホノカアボーイ、コイチさんの家ハワイ島マサシのツアーのホノカア・シンヤ氏から写真が送られてきました。
■めちゃくちゃ後頭部が目立っていたホノカア・シンヤです☆
ホノカアの町にて、コイチさん(虹のTシャツのおじいちゃん)の家を発見しました!
■おお、コイチさんってのは、喜味こいし先生が演じてたエロ本じいさんですね。わたくし、コイチさんの役って非常に重要やと思います。ホノカアの老人たちは、風のように消えていくわけで。いやしかし、映画、日本ではあんまりみたいっすね(聞いた話では) 内容がマニアックすぎるってことなんでしょうかね。
ホノカアボーイを見て、移民史に興味を持ったみなさまへホノカアボーイが上映されたみたいですね。いやあ、もう一回見たいなあ。
「勝手に応援って言ってますけど、本当は宣伝活動なんでしょ」
みたいなメールをいただくことがあります。違います。映画からは、ほんまに一銭もいただいてません。書きたくて書いてます。移民史に興味があるから、いろんなことを感じて書きたくなるんやと思います。今までも書いてきましたし。
「移民の歴史に興味が出てきました。何から勉強すればいいですか?」
わたくし勉強が大嫌いでした。興味のないものを頭に入れることほどつらいことはありません。なので、勉強しろなんて書けません。が、ヒントならお教えできるかも、というわけで、わたくしが大切にしてる1枚の写真をご覧いただきましょう。

あちこちの記事で使いまわしてるので、ご覧いただいたことがある方もいらっしゃると思います。べしべしハワイ島にも載せさせていただいてます。ハマクアコーストは19号線沿いにある、『ラウパホエホエトレインミュージアム』で撮ったものです。写真というか、データが書かれています。左から
■移民を送り出した国
■初めての移民がハワイに上陸した年
■1909年までに何人が上陸したのか

これを見て感じることは人それぞれ違うと思います。自分が興味を持ったことから調べてみるってのはいかがでしょうか。例えば、
■なぜ日系人が一番多くなったのか
■日本と沖縄が別カウントされているのはなぜか
■白人の移民もあったのに今目立たないのはなぜか
■今、フィリピン人はすごく多いのに、この表では少ないのはなぜか
■それぞれの国の移民が、なぜそれぞれの年にはじまったのか
■どうして1909年までのカウントなのか。

書いたらキリがないですね。でも、調べたら面白いですよ。
ホノカアボーイ、本日ロードショーですよね?モーハワイのリニュアルでバタバタしてて、ホノカアボーイの応援をするの忘れてました。日本では本日ロードショーですよね。観に行かれた方の感想、早く聞きたいです。めっちゃ楽しみ。さてさて、写真は、2009年2月22日に『ホノカア・ピープルズ・シアター』で撮ったものです。映画が終って、観客総立ち拍手の中、映写室脇のベランダ?からビーさんが現れました。他の出演者もいらっしゃったのかもしれませんが、まわりの観客の口からは、「あ、ビーさんだ!」という声しか聞こえませんでした。この映画、圧倒的にビーさんの印象が強いかも。いや、「ビーさん=ホノカア」で、ホノカアという空間が印象に残る映画かもしれません。
ホノカアの風景「ホノカアボーイを応援する会って言いながら、ネガティブなことばっかり書いてるじゃないですか!」
とのご指摘メールをいただいてしまいました。ネガティブなつもりはないんですけど、すいません。というわけで、今日は、キレイなホノカアの風景をご覧いただきましょう。ハワイ諸島は、どの島も、島の北側がえぐれ気味です。冬になると大波がざっぱんざっぱんぶつかってくるし、偏西風で雨風にさらされっぱなしだし。ハワイ島もそうです。ホノカアからヒロまでの『ハマクアコースト』の人が生活しているエリアは、海からかなり高い位置にあります。さとうきび畑も、高い位置に広がっていました。さとうきび畑はなくなってしまいましたが、当時と似たような風景は今も眺めることができます。水平線が大地の上に見えるこの風景は、はるか昔から変わってないんですよね。
移民労働者たちがどう扱われていたかがわかる写真ホノカアボーイを勝手に応援するといいながら、映画からどんどん脱線していっています。すいません。でも、今回も超脱線します。ホノカア在住日系移民『後藤潤がなぶり殺しにされた事件』について、sakich さんがコメントくださってます。
「しかし、いったいどのくらいの感情になったら、なぶり殺した後に電柱にぶら下げられるのか...」
これは、当時の移民労働者の立ち位置というか認識のされ方というか、そういうのがわからないと理解できないと思います。わたくしの手元に、『SUGAR TOWN』という1冊の本があります。日系人 Yasushi Kurisu さんが、プランテーション時代のことを書いてくださってる本です。中に冗談のような写真が載っていました。ハマクアコーストでの移民労働者の送迎?シーンです。

A■上陸地点
B■大型船から沿岸までの送迎ボート
C■上陸する移民労働者

このあたりの沿岸は、波も高いし、岩場やし、しょうがないのかもしれません。けど、家畜じゃないんやし....(涙)
マラサダ Malasadas TEXドライブインホノカアボーイに、マラサダというパン菓子が登場します。揚げドーナツです。ホノカアのマラサダといえば『TEXドライブイン』の名前がすぐにでてきます。が、マラサダと聞いて、オアフ島はレナーズ(Leonard's)と同じものを想像してはいけません。『TEXドライブイン』のは、レナーズのよりも大きいし中身もつまってる感じです。わたくしは、1個食べたらお腹いっぱいになります。

さて、マラサダはハワイ名物になっていますが、もともとハワイにあったものではありません。ポルトガル移民が持ってきました。ウクレレもポルトガルの民族楽器『ブラギーニャ』から派生したって言われてますよね。ポルトガルからの移民たちも、さとうきびプランテーションで働くためにやってきました。
1852年 中国人
1868年 日本人
1878年 ポルトガル人
3番目に古い移民です。が、彼らは白人だったので、労働者というよりも、現場監督って感じやったみたいです。楽器を弾き鳴らす余裕があったし、揚げパンを作ってくれる奥さんをつれていました。日系移民との待遇も雲泥の差やったみたいです。
ホノカア・クラブの駐車場にある『さとうきび畑の絵』ホノカアにあるホテル『ホノカアクラブ』の駐車場にクルマを停めると、まず、この絵が眼に飛び込んできます。クルマ1台分、いや、もっと大きいかなあ、とにかくでっかい絵です。試写会を観に行って、久しぶりにこの絵を見ました。
あれ? なんか違うぞ? 
オアフ島へ戻ってきてから『べしべしハワイ島』を出してきて写真を探しました。やっぱり違う! 気になってくると、ちゃんと確かめたくなる性分です。2003年のPHOTOデータを引っ張り出してきました。おお、色が濃くなってます。さとうきび畑がいきいきしてるし、海が真っ青です。塗りなおしたってことでしょうかね。素晴らしい。1点だけ、無念なことがあります。2003年の絵では、朝日にきらめく海が表現されていたのに、塗りなおした絵からは消えています。これ、わたくしにとってはけっこう重要なポイントでした。朝日が昇ってくる時間、すでにさとうきび畑の労働者たちはフル稼働していたわけです。『べしべしハワイ島』にも書いています。
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汗を流す労働者たちの向こうから朝日が昇ってきています。
なんだか切なくなる絵です。
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わたくしが、ホノカアボーイという映画を応援したい理由は、映画を見て、日系人の歴史に興味を持つ人が増えたらいいなあ、と思うから。日系人の歴史は、日本人の歴史でもあるわけで、本来の日本人の姿を見つめなおすきっかけになればいいなあ、と思うから。あ、じいさんくさいこと書いてもた。

ホノカアクラブについては、ハワイ在住『こなぴ~』さんが書いてくれてるので、リンクはっちゃおうっと。『Honoka'a Boy を語ろう ③
ホノカアの日本男児/後藤潤 KATSU GOTOホノカアの町へ入ってすぐ、青い瓦をまとった、小さな碑が現れます。ホノカアの日系人の歴史を語る上で、忘れてはならない人の碑です。後藤潤。ごとうじゅん、ではありません。ごとうカツと読みます。1885年、後藤潤は、官約移民としてハワイに上陸します。その約20年前の1868年に、日本からの初めての移民たちがやってきていました。彼らは、さとうきび畑の労働者として、奴隷のようにこき使われていました。これを知った明治政府が動いたり、カラカウア王からの提案などがあったりした結果、官約移民がスタートします。簡単にいえば、政府が管理する移民ってことです。

後藤潤は、労働者として3年間働いたあと、ホノカアに雑貨店を開きます。英語が話せ、アニキ肌だった後藤潤は、正義感も強かったそうです。あごで使われている日系労働者たちのために、農場主と話をしたりというやっかいなことも引き受けたりしていました。労働条件の向上要求、もめごとの仲裁、何かあると出てくる後藤潤を、ホノカアの白人たちは心良く思いませんでした。そして、後藤潤は殺されます。電柱に吊るされていたそうです。

この碑には、その背景については書かれていません。犯人は、農場主と商店経営者でした。白人です。『奴隷』が店を開いて成功し、しかも歯向かってくるわけです。後藤潤は、リンチのような感じでなぶり殺しにされたようです。裁判が行なわれ、判決も出ましたが、とっても軽い刑でした。

書いてたらキリがないのでこれくらいにしておきますが、後藤潤は、日系人労働者でお店を構えた初めての男やったみたいです。白人と対等に渡り合い、そして闘いました。日系人たちの労働運動の草分け的存在の人物なのです。ビーさんの世代の前に、こういう人々が生きていたことを忘れてはいけませぬ。
高山なおみさんは、写真家・高山モトムの.....ホノカアボーイの中で、たくさんの料理が登場します。ビーさんが、玲雄に作ってくれる料理です。その料理を監修?されたのが、高山なおみという料理家?さんです。本もいっぱい出していらっしゃるすんごい方なわけですが、なんと、モーハワイにカベガミ写真をご提供くださってる、写真家高山モトム氏の妹さんです。兄、モトムさんにしたら「妹のほうがすごいから気まずい」ということなんですけど、いやいや、ステキな兄妹さんです。この試写会にもいらっしゃってたそうなんですけど、しまつーた。ご挨拶できませんでした。っていうか、相手にしていただけないかもしれませんけど(涙)

そうそう、この『勝手に応援する会』はコウコクなのですか?とのEメールをいただきました。いや、コウコクであれば、モーハワイのコンテンツにさせていただきます。あくまで、わたくしが勝手に応援させていただいてます。オバマ氏を勝手に応援する会とまったく同じスタンスでございます。

もうひとつ、『わたしは原作はすばらしいと思ったけど、映画はイマイチだった。編集長は本当にいいと思ったのですか?』とのEメールもいただきました。いやあ、こういうEメールをいただくことになるかもなあ、と思っておりました。歴史好きのわたくしが、『ラストサムライ』を見たときに感じてしまった感情に近いんやと思います。わたくしは『ラストサムライ』を見て、史実があまりにも違う!と鼻息を荒くしてしまったわけですが、『ホノカアボーイ』原作ファンの方は、原作とイメージが違う!と鼻息を荒くしてしまわれたのでしょう。

正直に書きます。原作の主人公は、とても特別な環境にある方だと思います。いろんな意味で恵まれています。映画は、その部分を目隠ししてくれてます。特別な男の子を、普通の男の子に見せてくれています。なので、玲雄とビーさんの心の交流を素直に感じることができると思います。ハワイ島の、ホノカアのステキな風景を、素直に受け入れることができると思います。

というわけで、わたくしは、原作を読んだ後の今も、映画支持派?です。
マライア 長谷川潤 ママはハワイ島の Naturalist Guide2月22日、ホノカア、ホノカア・ピープルズ・シアター。エンディングの音楽が流れ始めると、会場は歓声と拍手の渦につつまれました。お客さんは総立ちです。両手を頭の上へ持っていって、スクリーンへ向かって、映写室へ向かって、いつまでもいつまでも拍手を続けるのでありました。ジーンと感動していると、マサシのツアーの山ちゃんの姿を見つけました。なぜか、関係者席に座っています。映画が始まる前、チケット余ってないかなあ、とウロウロしていたのに....。しかも、家族全員連れてるし.....。
「しゅんさん、長谷川さん、紹介してあげようか。ヒロでガイドしてる人」
エコツアーをやられてる長谷川久美子さんですね。ぜひ紹介してください。
久美子さんのWEBサイト/ハワイ・ネーチャー・エクスプローラーズ
「あの長谷川潤ちゃんのお母さんやでー」
え! あ、長谷川! そうやったんすか! と、なぜか、山ちゃん一家と長谷川久美子さんを一緒に写真を撮ることになり、デジカメを構えました。そこに、長谷川潤ちゃんが飛び込んできてくれました。あうっ。嬉しいかも(モーハワイ動画をご覧いただいた方は、わかっていただけると思いますが、役の中だけじゃなくて、素も明るくて素直でかわいいロコガールなのであります)

構図的に、山ちゃんの奥さんがあぶれちゃって、こんな写真になってしまいました。すいません。山ちゃんは、潤ちゃんのお父さんではありませぬ。っていうか、そんなことはどうでもよくて、故郷に錦を飾ってくれた娘を、眼を潤ませながら見つめる長谷川久美子さんの姿に、何度もジーンときちゃったわたくしでございました。
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モー行くぞ
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へなちょこ・しゅん
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モーハワイ☆コム編集長
■6歳■
学校から帰る途中、友達が落とした時計を取ろうとして車道に飛び出し、クルマにぶつかる。なんと、おばあちゃんが買ってくれたランドセルが、クルマの前輪にはさまり無傷。一度失った人生よ。 
■19歳■
調布から都内へ帰る途中、
ホンダのカブ(50CC)で軽トラと正面衝突。10mほどぶっとんで歩道へ。前輪が電柱とビルの壁の間にすっぽりおさまり、かすり傷だけで済む。二度失った人生よ。   
■25歳■
頭のど真ん中の脳幹に、脳腫瘍が見つかる。摘出手術14時間を2回やって、無事生還。後遺症は顔面麻痺のみという奇跡。手術の成功は脳外科学会で発表される。三度失った人生よ。   
■28歳■
とある会社の神戸支社へ配属になったとたん阪神大震災が起きる。早朝だったので大阪の自宅で被災。廃墟の三宮へ出社したら自分の机に天井が落ちてるのを発見。四度失った人生よ。
■35歳■
コンドミニアムの天井から黒い汁が垂れてくる。管理人と一緒に、誰も住んでないはずの上の部屋を調べに行ったら、腐敗した死体を発見してしまう。詳しくは編集記(この下のほうにリンクがあります)をご覧くださいまし。
■40歳■
脳腫瘍摘出手術を再び受ける。今回は12時間。いやはや、また助かっちまいました。
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